リモートワークが呼ぶ逆転の評価軸

 オフィスに社員全員が通勤する時代は終わり、各自が好きな場所やりやすい場所で仕事を行う「リモートワーク」の時代が訪れると言われてから何年も経ちました。しかし現実にはなかなか導入が進んでこなかった日本で、思わぬ形で強制的に「リモートワーク」が始まることになりました。

 実際にリモートワークを始めたところ、意外と仕事の効率が上がってやりやすくなったという人もいれば、同僚や部下とのコミュニケーションが減ってやりにくいと感じている人もいるでしょう。

 本稿を書いている2020年5月13日現在、新型コロナウイルスの感染者数は減少を続けており、オフィスへの出社が解禁になる会社も多くなってきそうです。しかし、今回を機会に、ウイルスの動向に関わらずリモートワークを拡大していこうという会社も増えてくることでしょう。

 私個人で言えば、リモートワークを中心に据えてから10年なのですが、
・リモートワークで効率的に仕事をまわすにはどうすればよいか?
・組織はリモートワークにどう対応していけばよいか?

ということについて少し書こうと思います。

 きっかけは、こちらのニュース
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200424/k10012404611000.html
 社員が「着席ボタン」「離席ボタン」を押すことで勤怠が管理でき、パソコンの画面も自動的にスクリーンショットが送られるというシステムがあるそうです。笑い話かと思いましたが、実際に導入し役に立っている企業もあるようです。このようなシステムは本当に必要なのでしょうか?  

 答えは、能力レベルと自律性にあります。

自律性とパフォーマンスの関係とは?

 リモートワークの話に入る前に一般論ですが、「自律性」と「パフォーマンス」の関係について整理します。
 部下や外注先に仕事を依頼することをイメージしてください。「自律性」とは、部下や外注先がどのくらい自主的な判断をもって行動するかということです。自律性が低いということは、その部下や外注先が自分で判断して行動しません。極端に低いと「言われたことしかしない」ということです。逆に、自律性が高いということは、部下や外注先が自分の判断で行動するということです。極端に高いと、「何も言うことを聞かない」ということです。

 あなたが上司だとしたら、「言われたことしかしない部下」と「何も言うこと聞かない部下」、どちらに仕事を頼みたいでしょうか? 

 もちろん、両方ともイヤですよね。両方とも、仕事のパフォーマンスが低いことは容易に想像できます。当たり前ですが、「大まかな指示を出したら、細かいことは自分の判断でやってくれる」そんな「ちょうどいい自律性」の部下に仕事を頼みたいです。

 反対にあなたが部下だったら、「パソコンの電源の入れ方からタイムカードの押し方まで細かく指示を出してくる上司」と、「会社の方針も目標も何も指示しない上司」どちらの上司の元で働くとパフォーマンスがでそうでしょうか?

 これも両方やりにくい上司になるでしょう。やはり、「大まかな指示を出してくれて、細かい判断については裁量をくれる上司」あたりがやりやすいと思います。

 どんな人にもどんな組織にもあてはまるのですが、一番パフォーマンスが高くなるのは、「ちょうどいい自律性」を持っているときです。グラフにすると次のようになります。

 非常に当たり前の話になりますが、真ん中の、ちょうどいい自律性を与えられると、パフォーマンスが一番よくなるのです。

管理を強めるべきか?弱めるべきか?

 リモートワークを行うということは、上司の目が届きにくくなります。必然的に管理が弱まり、自律性が与えられます。このときパフォーマンスは上がるのでしょうか? それとも下がるのでしょうか?

 結論としては、パフォーマンスが上がるか下がるかは「人による」です。しかし、そのどちらになるか基準は明白です。
 もし、この自律性とパフォーマンスのグラフの真ん中から左にいた場合、管理が弱められて(自律性が与えられて)パフォーマンスが上がります。逆にグラフの右よりにいた場合、管理が弱められて(自律性が奪われて)パフォーマンスが下がってしまうのです。

 リモートワークを始めたら、パフォーマンスがよくなった人と悪くなった人がいると思います。前者はグラフの左よりにいて、会社の管理が強すぎるが故に本来の力が出せなかったひとであり、後者はグラフの右寄りにいて、会社の管理から外れて怠けたりサボったりするようになってしまった人でしょう。

 自律性を与えることでパフォーマンスが下がってしまうのならば、やはりニュース記事のような勤怠管理システムを導入して管理を強くするべきかもしれません。逆に、会社の管理を離れることで実力を出せるようになった人には大迷惑なのですが。

 ただし、ここで見過ごしてはならない大きな要素があります。その部下や外注先の「能力レベル」です。

能力レベルが上がると、グラフも移動する

 グラフの頂点(真ん中)からどちらによっているかで管理を強めるか弱めるか判断すればよい書きましたが、もちろん、グラフの形自体が人や組織によって違います。そしてその正確な形を把握することは難しいです。
 しかし、正確な形はひとそれぞれで把握することは難しいですが「能力レベルが高まるとグラフが右上に移動していく」という傾向は誰でも共通しています。

 「能力レベルが高い人ほどパフォーマンスが高い」というのは当たり前というか、言葉の定義そのものです。能力レベルが1→2→3と上がっていけば、発揮するパフォーマンスも上がって当然です。重要なポイントは、「能力レベルが高まるほど、高いパフォーマンスは高い自律性と相関する」ということです。

 新人のアルバイトをイメージしてください。何も仕事を知らない新人だとすると、なるべく細かいマニュアルを整備して、細かい指示を出してあげた方がパフォーマンスを発揮します。だんだん仕事を覚えてくると、大まかな指示だけで自走するようになります。自律性が高まった段階で細かく口を出すと、アルバイトの時間も上司の時間もとられるだけで、仕事のパフォーマンスには害悪です。

 能力レベルが高くなると、高い自律性を与えることで高いパフォーマンスを発揮するようになるのです。

 逆に言うと、高い自律性を与えるとパフォーマンスが下がる部下や外注先とは、能力レベルが低い部下や外注先です。

 もしリモートワーク導入にあたり、管理を強くする(自律性を奪う)方策をとらざるを得ないなら、ハッキリと言ってしまえば「従業員の能力レベルが低い」ということを意味します。別にこれ自体は悪いことではありません。人類全員の能力を上げる必要はありませんし、人間の価値は仕事能力の上下で決まるものでもありません。ただ、会社のリソースをどこに集中すべきかと言えば、従業員の管理でなくて従業員の教育であるべきでしょう。

 従業員の教育と言っても、(特に優秀でない従業員を対象とするならば)リモートでは難しい面があります。能力を伸ばすために教育するときこそ、本当にオフィスが必要なのかもしれません。

 もしかして、「リモートワークが標準となり、会社に通うのは教育途中の新人だけ」という時代が間もなくやってくるのかもしれません。欠勤遅刻なく通勤する人が評価されるのではなく、会社にやってこない人が優秀とされる、評価軸が180度逆転する時代です。