安城、岡崎と二件続けて愛知県で講演&ワークショップをさせていただきました。
二件とも、小学生の子を持つ親御さん向けのイベントです。
「子どもが楽しく勉強するには、親として何をすればよいのか?」というのが
大枠のテーマでした。
小学生向けと言いながら、実際は1〜2歳のお父さんお母さんから中学生の参加があり
子どもの教育に対する関心の深さが伺えます。
さて、子どもにはよい教育を与えたいと考えている
教育熱心なお父さんお母さんは多いのですが、
子ども時代の教育とは、結局の所その子にの将来に対して
どの程度影響があるのでしょうか?
教育関係の仕事をしている身で言うと自己矛盾するようですが、
私は「教育で人は決まらない」と考えています。
いわゆる崇高な教育者ほど、教育の目的に掲げるのは「知識・技術の習得」ではなくて
「人間性の完成」や、結果としての「社会的成功」です。
よい教育とは、子どもの人間性を育てて、最終的には社会的な成功をもたらすものとされています。
しかし実際は、
人は、どんな環境で育ったとしても
いつでも、自分の望む人間になることができます。
今の自分は教育や環境のせいではない。
受けた教育によって人生は決まらないのです。
当たり前のように、親や教師は子どもの成長に責任を持つものとされます。
しかし、親や教師が子どもの人生を決める責任はありません。決める能力もありません。
親や教師ができることは、ただ自分が必要だと思うこと、美しいと思うこと、楽しいと思うことを伝えることだけです。
教育とはコミュニケーションであって、コントロールでないのです。
学校は決して「子どもの生き方を矯正する場所」ではありません。
あくまで子ども自身の、自己実現の手段を提供する場所です。
子どもが道に迷っているのであれば、案内してあげてもらいたい。
重い荷物に押しつぶされそうになっているのであれば、大きくなるまでそれを持ってあげてもらいたい。
しかし、進む道を決めて道を歩むのは、必ず子ども自身です。
子どものために良かれと思って、学校に通わせ塾に通わせ宿題をやらせていても、
スタート地点が「親の不安」であると、何をやっても不安が増して行くだけです。
教育熱心なお父さんお母さんには、子ども自身に内在する無限の可能性からスタートして欲しいと思います。
二件とも、そういう想いでの講演だったのですが、伝わったかなぁ。